忘れんぼ対策
いつものことですが、おついたちと15日のお赤飯、当日になって思い出すことが多いです。昨日も、お昼間気付いて、あわててアカネダイナゴン(小豆)を水浸けし、夜はダッシュで帰宅。
晩ごはんにありついたのは9時半すぎとなりました。
これからは、手帳の14日と31日(30日)のところに、「赤飯用意」とメモしておこう‥‥。
北海道産アカネダイナゴンを1/2カップ先に茹で、白米1/2合、もち米1合をいっしょに炊きます。何回かやっていたら覚えそうなものですが、半月〜1ヶ月に1度くらいの頻度では、分量比を忘れてしまいますね。
せっかくなので、お赤飯の始まりについて調べてみました。
縄文時代に中国大陸〜朝鮮半島を経由して伝わった古代米(赤米)がお赤飯の起源。赤米は少量しか穫れなかったため、お祭りのとき神さまへのお供えにしたり、お祝い事に使われたりしたのが、いまに続いているそうです。
お赤飯の赤い色は「邪気を払う色」として、江戸時代中期までは凶事に用いられ、その名残りからいまもお葬式の席でお赤飯を振る舞う地域があるのだとか。どこだろう・・・?
北海道のお赤飯って、金時豆の甘煮を入れて炊き、ゴマ塩をかけて食べると虎屋産業株式会社のサイトに書かれていたのですが、北海道の皆さん、それって本当ですか?
沖縄ぜんざいが金時豆だったのも驚きだけど、北海道のお赤飯が金時豆というのも驚きです。北と南、大和民族の考えることって似てるんですね。
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コメント
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のどかさんへ
は~い。名前の忘れんぼで~す。年のせいでしょうか・・・困ったものです。
投稿: 辻本 | 2009年4月20日 (月) 23時34分
お名前の書き忘れんぼ さん、こんばんは。
「けんみんしょう」というテレビ番組があるのですね。
すみません、あまりテレビを観ないので存じませんでした。
長野県の「紫花豆のお赤飯」、確かに色がごはんに移るでしょうね。
紫花豆を今日、1/2カップ煮て、気がついたら全部食べていました。
甘納豆のお赤飯、どんどん興味が高まっています。
5月1日に、するかもです。
投稿: のどか | 2009年4月20日 (月) 19時03分
のどかさん、けんみんしょうを見ましたか?長野県では、甘く煮た紫花豆をお赤飯に入れるそうです。これって、甘納豆を入れるのに似ていません。北海道のお赤飯で検索すると高橋家で甘納豆入りお赤飯が出ています。やはり、甘納豆を使うようです。
投稿: | 2009年4月19日 (日) 20時40分
辻本さま
こんばんは。北海道のお赤飯事情を教えてくださって、
ありがとうございます。金時甘煮ではなく甘納豆ですか!?
そりゃあ〜甘そう‥‥
「ごはん」と言うより「さくら餅」に近い感覚??
すごいですねぇ〜。おそらく、めぐりんさんも NO でしょう。
しかし、意外と私は大丈夫かもしれません。
投稿: のどか | 2009年4月19日 (日) 19時40分
北海道のお赤飯についてですが、我が家は昔から小豆を煮た汁で色付けをし、小豆を入れて作ってます。主人の実家で甘納豆入りお赤飯が出ってきて驚いた事があります。どうも私はこの甘いお赤飯が苦手で、主人の母は、私の分だけ甘納豆を混ぜないで作ってくれました。金時豆は、甘く煮て使うのではなく、袋入りの甘納豆を使ってました。他の家庭も甘納豆(金時と小豆の2種類があります)を使っているようです。
投稿: 辻本 | 2009年4月19日 (日) 00時36分
湯たんぽさま
こんばんは。いつも難しい説明を、より難しく
たくさん入れてくださってありがとうございます。
お赤飯は、お好きですか?
小豆が1粒、小豆が2粒、‥‥と数えながら食べると
なかなかおいしいですよ。
めぐりんさま
東京ご出張だったのですね。
我らのめぐりんさんは、最近ますます売れっ子さんですねぇ。
豆なブログ 犬バージョンは、いかがでしょう?
誰からも何の反応もないので食べ物ネタに動物を起用するのは、
やっぱりまずかったかなぁ、と思ったりしています。
投稿: のどか | 2009年4月17日 (金) 18時50分
今週は東京に行ってました。帰ってきたらデザインが変わっててびっくりしましたぁ♪♪笹の話やっぱり分からない私はダメ人間ですぅ(笑)
投稿: めぐりん | 2009年4月17日 (金) 12時31分
沖縄は大和文化圏というより台湾を介した中国文化圏に含まれるようです。また北海道ではアイヌ系民族は古来からの日本人である縄文人であり、大陸から浸入してきた弥生人から隼人と同じように南北(九州や東北・北海道)に駆逐されました。明治以後には東北北陸からの入植者が多かったようです。大和文化圏は稲作開始以降大陸からの侵入者達から中国文化の影響を色濃く受けています。ですので大和文化としてのオリジナリティーというものが存在するとすれば、鎖国の効果ではないでしょうか?赤飯の起源も中国文化の影響であることは当然といえば当然でしょう。
投稿: 湯たんぽ | 2009年4月17日 (金) 09時28分