「食べる」こと
本来は豆について書く「豆なブログ」なのですが、今日は「食べる」ことについて書こうと思います。
「いただきます」の語源を、皆さまもお聞きになったことがあると思います。牛や豚や鳥や魚に、また野菜や果物など、命あるすべてのものに対して、「あなたの命を私の命に替えさせていただきます」の意味があるそうです。
これって、どうなんだろう? と思ったことがあります。実家では、鶏やチャボ、七面鳥、烏骨鶏、スペインの鶏、ガチョウ、うぐいす、メジロ、カッチョなど、実に様々な鳥を飼ってきました。
その中の大半は卵を産んでくれます。その卵はチチ、ハハ、甥っ子たちが食べます。私が食べないのは、少女期に、家の鶏が産んだ卵の中に血が入っていて、ヒヨコになりかけに遭遇したからです。
クリスマス前にチチは、友だちを呼んで七面鳥をつぶして振舞います。だけど、私は食べません。
話しがそれてスミマセン。
鶏の命、魚の命、殺すのはこわいです。豚肉や牛肉、鶏肉は大丈夫だけど、魚の形のままの魚は苦手です。目が合うと「ごめん」と思います。よって、切り身の魚しか使いません。料理をつくる人間としては、超未熟者です。
「あなたの命を私の命に」替えることは、ホントにできているのでしょうか? 子どもは残さないようにゴハンやおかずを食べていますか? 大人は残しませんか? 薬品だらけの加工食品で、日々の栄養は足りていますか? 袋を破って口にする栄養補助食べ物で、ヒトは正常に生きていけますか?
私が料理をつくるのは、おもしろいからです。人様のレシピを見てつくったり、在り合せの組合わせを考えてつくったり、「今日は○○さんに食べてもらおう」と考えてつくったり、哀しいことがあって気分転換にしたり‥‥
「食育」という単語が流行っています。百貨店でも盛んです。ネット販売でも出てきます。子どものための食育もあるけど、若いお姉さんたちと、そこそこ歳のいったおぢさんたちのための食育も、必要なのではないかと思います。
食べることを「とりあえず空腹を満たす」ことだと認識していませんか?
私はチチやハハが育てたお米や野菜と、ベランダで育った少しの野菜と、お店で買ってきた食糧をミックスして料理をつくります。
「いま食べている物が、11年後の身体をつくる」と前に聞いたのですが、さすれば、いまのあなたや私の身体に、11年前の食生活が影響しています。11年前はどんな生活をしていましたか?
いちいちしゃ〜しい、と思われるかもしれませんが、食べることは人間の身体と健常な精神をつくります。好き嫌いを言わず、食べたことないものも、もぐもぐ食べてみませんか?
あなたが健康で長生きしてくれることを願っている人が、あなたの周りに、たくさんいますよ。
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コメント
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Fさん、共感メールをありがとうございます。うれしい。
形のままで扱える魚は、サンマくらいです。焼くだけでいいから。
自分で包丁を入れて、血がベヤァ〜ッと出たら、それだけでもう
失神しそう。貧血になるかもしれん。そこまでして魚を裁いたら
きっと、人に出すだけで、自分は食べる気がしないと思います。
ダメなの、あたし‥‥
投稿: のどか | 2008年7月10日 (木) 20時19分
私ものどかさんと近い思いですよ。
食について考えてる人が少ない。
ましては食材の味がわからない人など多いですね。
もっと、興味を持ってもらいたいですね。
しかしのどかさん。
魚の姿が苦手だなんて。。。知らんやったなぁ。。
投稿: F子 | 2008年7月10日 (木) 16時24分